今日は「ちゃんと立つ」というテーマです。 最近思うのは 「立つ」 のが極意であるということ。 中国拳法の中には「立つ」ことばかり練習する流派もありますが、「立つ」を極めることができれば、たしかにすべてを極めることができるのかもしれません。 ぼくが思うに、西洋的、学校体育的な「立つ」というのは準備段階というか「動き出す前の状態」みたいな感じなんですね。 しかし、東洋的、日本的、合気道的な「立つ」というのは準備ではなく「完成」「完了」しているのです。 つまり「立っている」状態を準備してから力を出すのではなく、「立つ」ということが、「すでに力を有している」のです。 だからこそ、あとはその「チカラ」を、柔らかいハラ、胸、肩、腕を通して、お相手に伝えていくのみです。 つまり「支点を作らない」というあり方です。 「支える点」を作らずに宇宙や水中にいるように、滑らかに動かす。 すると「立っているチカラ」(地から)が、伝わっていきます。 「自分から」のチカラは、ほとんど使わない。 だから、腕を少し動かすだけで良いのです。 膝を大きく曲げたり、腕を大きく動かしたり、「腰を入れたり」というのは 「立つ」チ
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今日は「ちゃんと立つ」というテーマです。 最近思うのは 「立つ」 のが極意であるということ。 中国拳法の中には「立つ」ことばかり練習する流派もありますが、「立つ」を極めることができれば、たしかにすべてを極めることができるのかもしれません。 ぼくが思うに、西洋的、学校体育的な「立つ」というのは準備段階というか「動き出す前の状態」みたいな感じなんですね。 しかし、東洋的、日本的、合気道的な「立つ」というのは準備ではなく「完成」「完了」しているのです。 つまり「立っている」状態を準備してから力を出すのではなく、「立つ」ということが、「すでに力を有している」のです。 だからこそ、あとはその「チカラ」を、柔らかいハラ、胸、肩、腕を通して、お相手に伝えていくのみです。 つまり「支点を作らない」というあり方です。 「支える点」を作らずに宇宙や水中にいるように、滑らかに動かす。 すると「立っているチカラ」(地から)が、伝わっていきます。 「自分から」のチカラは、ほとんど使わない。 だから、腕を少し動かすだけで良いのです。 膝を大きく曲げたり、腕を大きく動かしたり、「腰を入れたり」というのは 「立つ」チ
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Facebook尾関 直人
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